スコープ2ガイダンスの改訂の全体概要 (調査サマリー第一章)
スコープ2ガイダンスの改訂の全体概要 (調査サマリー第一章)
Detailed Summary of Survey Responses on Scope 2 Guidance, November 2023 ~(1)
スコープ2ガイダンスの改訂作業が進められており、GHGプロトコル事務局は意見とりまとめ資料(Detailed Summary of Survey Responses on Scope 2 Guidance, November 2023 )を2023年11月に発表している。そこでまずその内容を俯瞰する。
(1) スコープ2ガイダンス改訂の背景
温室効果ガス(GHG)プロトコルのスコープ2ガイダ ンス(Scope 2 Guidance)は、2015年に発行され、購入した電 力、蒸気、熱、冷房からの間接排出について、場所 ベースと市場ベースという2つの異なる方法での報告を要求している。
- ロケーション基準:組織が操業するグリッ ド(複数可)の平均排出原単位に基づき排出量を割り 当てる。
- マーケット基準:組織が行う具体的な電 力購入の決定に基づき排出量を割り当てる。
GHGプロトコルはコーポレートスタンダードとスコープ2ガイダンスを発行しているが、これら2つの基準は、各文書の以下の8つの目的を満たすように設計されている。
- 標準化されたアプローチを用いることで、企業がバリューチェーンのGHG排出量を正確に報告できるようにする
- GHGインベントリの作成に関連するコストを削減する
- 効果的な排出管理戦略のための情報を提供する
- GHGプログラムへの参加を促進すること、会計の一貫性と透明性を促進する
- 電力消費に関連するリスクと機会を理解する
- 内部削減の機会を特定し、実績を追跡する
- GHG管理にエネルギー供給業者やパートナーを関与させる
- 透明性の高い報告を通じてステークホルダーの情報と企業の評判を高める
(解説)
この文書は、グローバル企業の気候変動対策に関する情報開示・評価の国際的なイニシアティブ(CDP、RE100、SBT 等)において、企業横並びでの比較・評価を可能とするために用いられている。日本においても、その活用が進んでおり、その関連性が強化されるScope3と併せて、今後の経済活動に大きな影響を与えることが予想される。
(2)スコープ2ガイダンスの改訂作業の開始
Scope2ガイダンスは、発行以来数千の組織に利用され、GHG会計において多くの重要な 進展があった。その中には、気候変動関連の開示を義務付ける新たな規制、ネットゼロ目標の採用の急増、ガイダンスと基準の使用と影響に関する研究などが含まれる。
GHGプロトコルがこのような動きを効果的にサポ ートし続けるために、GHGプロトコルは2022年 にスコープ2ガイダンスの更新に向けた正式な プロセスを開始した。
このプロセスは、世界的な1.5℃目標に沿った、科学的根拠に基づくネットゼロ目標に向けた進捗を測定するために、確固たるGHG算定基準とガイダンスを組織に提供するという原則に基づいている。
さらに、この更新の主な目標は、主要な規制や自主的な情報開示・目標設定プログラムやイニシアティブによって策定された会計規則と調和させ、整合させることである。
(解説)
1990年代の各種制度を前提として策定された現在の手法は、多くの現実的な課題を引き起こしている一方で、デジタル時代の本格的な到来により、よりきめの細かいCO2排出量の算定が可能になっている。当社が日頃コミュニケーションを取っているステークホルダーは、デジタルを用いたより精度の高い手法の構築と、その国際的な各種政策・制度への適用を主張している。
(3)調査
本改訂にあたり、GHGプロトコル事務局は、現行のスコープ2ガイダンスの有効性と適切性、および提案されている代替算定方法について1,000人を超える利害関係者と議論した後、2022年11月から2023年3月にかけて、オンライン調査を通じて書面によるフィードバックを募集した。
この調査は、現在のGHGプロトコルの企業基準およびガイダンス一式を更新または維持するための様々な選択肢について意見を集めるために実施された4つの調査のうちの1つである。
スコープ2調査」には400を超える回答が寄せられ、さらにステークホルダーから約70の詳細な提案も寄せられた。アンケートの回答者には、企業、学界、非営利団体、業界団体、電力セクター、政府機関などが含まれた。
このスコープ2調査要約報告書(草案)は、全調査回答者からの回答の概要を示し、共通するテーマを浮き彫りにしている。
この要約は、スコープ2ガイダンスと関連するGHGプロトコルの基準の主要な改訂に関する、さらなるステークホルダーとの議論に活用される。回答は、軽微な編集や追加ガイダンスの提案から大幅な改訂まで多岐にわたった。
また、最初のスコープ2ガイダンスの発行後、新たなスコープ2の算定要件や代替的な方法論が一般化する可能性についての批評を含むフィードバックもあった。以下は、調査から得られたフィードバックの主なポイントをまとめたものである。
解説
これらの主張は、電力シェアリングが加盟する国連主導の国際イニシアティブ「24/7 Carbon Free Energy Compact」や、ベルギーの本拠を置き、やはり当社が参画する非営利団体であるEnergyTagの主張と多くの点で共通している。従って、改訂内容を占う上で、こうした各種機関の動向を注視する必要がある。
提案その1:GHGプロトコル基準の構成と更新プロセスの変更
スコープ2ガイダンスは、GHGプロトコルが発行す るいくつかの文書の一つで、バリューチェーンにおけ るGHG排出量の算定方法と報告方法について詳述し ている。
他の文書には、企業会計報告基準(2004年)、企業バリューチェーン(スコープ3)基準(2011年)、スコープ3算定ガイダンス(2013年)などがある。多くのフィードバックから、GHGプロトコルは、これらすべての文書、すなわちスコープ1、スコープ2、スコープ3にまたがる要求事項を単一の文書に統合し、会計と報告を合理化すべきであるという意見が出された。
また、急速に進化するGHG管理と気候変動対策のエコシステムに対応するため、基準を定期的に更新するプロセスも提案された。
提案その2:自主的・規制的な気候変動情報開示プログラムとの整合
回答者は、SBTi(Science Based Targets initiative)のような自主的な目標設定プログラムや、EUのCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)、米国SECの気候変動開示に関する規則案、IFRS(International Financial Reporting Standards)が策定したISSB(International Sustainability Standards Board)の基準など、気候変動に関連する開示を義務付ける規制の動きと、GHGプロトコルを密接に連携させるよう強く求めた。
提案その3:スコープ2報告の目的の見直し
多くの回答者が、現在の目的の適切性、 目的が実際に達成されているかどうか、 GHGプロトコルの進化する目的、自主 的な目標設定プログラムを促進する役割、 新興の気候変動情報開示の義務化に 合わせて、今後どのように修正すべきか などについて意見を寄せている。
提案その4 二元報告要件の更新
二元報告要件の有用性、適切性、実施、全体的な結果について、多角的な視点からの意見が多く寄せられた。
回答者の中には、場所ベースおよび/または市場ベースの手法に様々な修正を加えた上で、二重報告を維持することを推奨するものもあれば、2つの手法のうちどちらか一方のみを義務付けることを提案するものもあった。
ロケーション基準を支持する意見では、報告主体のバリューチェーン全体の排出量を適切に表していることが強調された。
マーケット基準を支持する回答者は、購入エネ ルギーの属性を考慮する必要があることを強調し た。
多くの回答者は、ロケーション基準・マーケット基準内容の改善を提案した。
さらに、より具体的な要件を求める意見もあった。
一方で、他の排出量報告や目標設定プログラムによる解釈や適応を支援しつつ、柔軟性を維持することを好む回答者もいた。
提案その5 時間と場所の詳細な基準の要求または奨励
より具体的な要件を求める回答者は、GHGイン ベントリで主張される排出削減量が、実際の大気中 のGHG排出削減量と密接に相関していることを確 認するために、詳細なデータを使用することの重要性を示す研究に頻繁に言及した。
例えば、スコープ2排出量を決定する際に、電力網の排出係数を時間単位で考慮する必要性を強調する意見もあった。
また、クリーンエネルギーの購入は、カーボンフリー資源が、その電力を使用すると主張する施設と同じグリッド上にある場合にのみ計上されるべきであるという意見もあった。
これらの措置は、排出削減の進捗状況を正確に把握するために不可欠であると考えられている。
しかし、回答者の中には、これらの具体的な要件を実施することの難しさや現実性について懸念を表明する者もいた。
例えば、時間単位の電力消費データを収集することの難しさ、時間単位で追跡されたクリーンエネルギーを購入するための限られた調達オプション、クリーンエネルギー資源が実際にエネルギーを消費していると主張する施設に電力を供給できるかどうかを特定する不確実性などのために、組織がクリーンエネルギー購入プログラムに参加することがより困難になるかもしれないという意見があった。
提案その6:時間と場所の基準の柔軟性を認めること
柔軟な解釈を支持する人々は、あらゆる規模、高度なレベル、そしてグローバルな地域の組織にとって実行可能な会計基準とクリーンエネルギー調達の機会の必要性を強調した。
彼らは一般的に、スコープ2ガイダンスの現在の柔軟性を維持することを支持し、より短い間隔ではなく、1年平均の排出係数を使用することを認めた。
さらに、由来証明書(GO)や再生可能エネルギー証書(REC)のようなエネルギー属性証書(EAC)を、ある程度の物理的な電力供給を必要とする送電網の境界に限定するのではなく、共通のEAC取引市場を持つより大きな地域から購入する能力を継続することを提唱した。
しかし、多くのコメントでは、現在のアプローチに内在する柔軟性が、しばしば理想的でない結果をもたらすことも指摘されている。
現在の枠組みでは、柔軟性があるために、基礎となる電力消費から物理的に切り離された請求の購入が可能であり、組織の排出量インベントリで報告される削減量が、実際には大気中の全体的な削減量に対応しない可能性があるとの懸念が表明された。
提案その7:排出影響量に基づく新たな報告方法を求めるもの
現在のインベントリ集計方法から、クリーンエネルギーの購入による排出削減効果を実証するための新たな手法への変更、あるいは追加を提案する意見もあった。
このアプローチは、プロジェクトベースの会計に似ており、炭素集約的な発電所をよりクリーンなエネルギー源に置き換えることによって生じる排出削減量を会計処理するものである。
また、クリーンエネルギーが豊富な時間帯にはエネルギー消費を増やし、送電網がより炭素集約的な資源に依存する時間帯にはエネルギー消費を減らすよう最適化する負荷管理戦略も考慮する。
これらの意見の大半は、平均的なグリッド排出係数ではなく、限界排出係数を用いてこの情報を計算することを提案している。なぜなら、限界排出係数は、新しいクリーンエネルギー資源やエネルギー需要の変化に応じて、排出量がどのように変化するかを反映するからである。
この方法は、現在の市場ベースや地域ベースのインベントリー算定方法と比較して、炭素排出削減の可能性が最も高い送電網への投資に対するインセンティブを高めることができると回答者は考えている。しかし、この方法と既存のインベントリ手法や科学的根拠に基づくネットゼロ目標との整合性や、データへのアクセスや技術的制約の問題など、現実的な実施に関する懸念が提起された。
解説
ここでわが国においても議論となっている需要サイドの行動変容、いわゆる上げデマンドレスポンス(DR)・下げデマンドレスポンス(DR)について言及されていることに注目すべきである。DRには産業向けと家庭用向けでアプローチが異なり、特に家庭においては「節電ポイント」などナッジを含めた行動インサイトの活用がとりわけ重要になってくることを示唆している。
また、限界排出係数という新しいコンセプトが提起されていることも注目すべきである。まさにデジタル技術でそのデータ捕捉・評価が可能となっている一方で、そこまで精緻に分析することが現実的であるかどうかの懸念についても大きく掲載されていることに留意が必要である。
提案その8:追加性の基準の要求
追加性とは、ある行為が、その行為がなかった場合に 発生したであろう排出削減量以上の排出削減をもたらすものでなけれ ばならないというものであり、市場ベースの会計と新しい影響ベース の方法論の両方の文脈で議論された。
追加性の要件を導入することへの支持は、インベントリの排出削減の主張が、大気中の排出削減とより明確に一致するようにする必要性を強調した。
現在の慣行を維持することを支持する意見では、市場ベースの方法は排出量を相殺するのではなく、エネルギー使用量を配分するため、追加性の概念を市場ベースの方法に適用するのは不適切であることが強調された。
また、電力の「使用量の主張」と「影響力の主張」の違いを強調し、影響力に基づく主張においてのみ追加性が適用されることを示唆する回答もあった。
解説
追加性の担保が再エネ主張の必要条件となると、わが国では例えば数十年前に竣工されたダム式水力発電所などが適用除外になることなどが想定され、その影響は大きくなることが予想される。また追加性の基準を自国・地域にとって有利になるような綱引きも生じかねないことに留意が必要である。
一方で、再エネを「再エネなら何でも同じ」というコモディティから、属性により差別化する商品への特性変化は、その捕捉や分類、取引の各面でデジタル技術の活用が必須となることで、例えばブロックチェーンを用いたP2P取引などの技術の活用が図られ得ることにもつながり、当該分野では、わが国においては複数の電力会社やベンチャー企業など多くの企業が革新的な技術を有しており、その国際展開の可能性があることにも思いを致す必要があると当研究所は思料するところである。
また、導入年度による仕分けに限らず、例えば環境負荷や社会負荷の格付けなど、環境基本計画にある「環境価値の質の重視」にもつながる可能性を秘めている。
一方で、実際にその適用は極めて膨大な労力と、場合によってはその管理のために膨大なエネルギー消費を招きかねないことから、その一足飛びの導入の可能性は高くないとも思料する。
提案その8:明確化と新たな指針の追加
回答者は、具体的なユースケース、新技術、データなど、明確化や新たな指針を追加するための様々な 提案も行った。
例えば、GHGプロトコルがグローバルな排出係数データベースの開発に関与することを奨励すること、購入した蒸気、熱、冷房に関するガイダンスを更新すること、送配電(T&D)ロスに関する明確化、スコープ2またはスコープ3のカテゴリー3における排出量の会計処理の重複を明確にすること、電気自動車の充電やリース資産などの特定のユースケースに関するガイダンスを作成することなどが含まれる。
(解説)
電力シェアリングでは、系統排出係数を用いてCO2排出削減価値を定量的に算定・評価・取引可能にする独自の特許技術を用いて、再エネ比率の高い時間帯にEVの充電を促す「昼充電」の環境省ナッジ実証事業を実施しており、その社会潮流化を目指しており、その国際的な事業展開を目指している。手前味噌ではあるが、こうした日本発の先端的な技術やメソドロジーを積極的に海外に発信し、日本が当該分野での議論をリードすることを指向すべきであると当研究所は思料する。
今後の作業の進め方について
2023年7月26日から9月8日の間、GHGプロトコルは、スコープ2ガイダンス調査への回答を提出した利害関係者に対し、スコープ2調査サマリー報告書の草案に対するフィードバックを提供する機会を提供し、見解が包括的かつ正確に表現されていることを確認した。
当初公表された要約報告書草案からの変更点のログは、本文書の末尾に記載されている。
この要約報告書は、スコープ2の更新と関連するGHGプロトコル基準の具体的な作業計画の策定を支援するものであり、基準策定プロセスの一環として、技術作業部会やその他の委員会を通じて策定される。
さらに、GHG議定書事務局は、スコープ2の更新プロセスを通じて、新しい情報を引き続き求め、スコープ2に関する関連する新しい研究調査が入手可能になった場合には、それをレビューする。
GHG議定書事務局はまた、スコープ2の提案を提出した組織と現在会合を持ち、提案の詳細について議論している。
GHGプロトコルは、提出されたスコープ2関連の提案の中から、いくつかの共通テーマを暫定的に特定した。
これらは、本要約で示したスコープ2調査の回答から浮かび上がった同様のテーマを反映している。ステークホルダー参画の次の段階では、これらの提案の概要を含める予定である。
この作業の目的は、提案とGHGプロトコルの会計と報告の原則を広く理解してもらうことである。これらのセッションの結果とこの調査回答のサマリーは、スコープ2のテクニカルワーキンググループの初期トピックと審議に役立つ。
このプロセスと並行して、GHGプロトコルは新しいガバナンス構造を確定している。GHGプロトコルの新しいガバナンスは、基準更新プロセスの全体的な戦略的方向性と監督を行う。